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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)2300号 判決 1993年1月29日

主文

一  原告らに対し

1  被告は、被告が出稿する広告において、ヤマハピアノを販売する意思がないのに販売するかのように表示し、また、中古のヤマハピアノを新品のヤマハピアノであるかのように表示し、あるいは、損傷のあるヤマハピアノを瑕疵のない完全なピアノであるかのように表示し、それぞれ被告の商品として広告してはならない。

2  被告は、被告の店舗その他営業施設に来訪した客に対し、別紙陳述目録(一)記載のいずれの陳述もしてはならない。

3  被告は、愛知県及び岐阜県の各県内において発行される中日新聞及び朝日新聞の各朝刊の社会面の第一三段ないし第一五段の三段抜きで、右左各二行空き、天地各一字空き、行間各一行空き、見出し「陳謝」の二文字及び被告名は二八級活字、本文は一六級活字で、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を各一回掲載せよ。

4  被告は、それぞれ金一〇〇万円を支払え。

二  被告は、原告ヤマハ株式会社に対し、ヤマハピアノを販売する意思がないのに、被告の広告、カタログ及び価格表の中に「ヤマハ」「ヤマハピアノ」「YAMAHA」「YAMAHAPIANO」の標章を使用してはならない。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  当事者

一  《証拠略》によれば、請求原因1(一)及び(二)の事実が認められる。

二  請求原因1(三)の事実は、当事者間に争いがない(ただし、《証拠略》によれば、名古屋駅前店は平成二年に廃止されたことが認められる。)。

三  右の事実及び《証拠略》によつて認められる被告の各店舗と原告らの店舗とが極めて近い位置関係にある事実に照らせば、原告らと被告とは、ピアノ販売市場において競業関係にあるというべきである。

第二  ヤマハピアノの周知性及び原告らの地位等

一  前記の事実並びに《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告ヤマハは、旧商号を日本楽器製造株式会社と称して明治三〇年に設立され、明治三二年にピアノ製造に着手して以来、今日までピアノの製造をしている、我が国におけるピアノメーカーのいわば草分け的存在であり、戦前戦後を通じて、その製造するヤマハピアノの品質の優秀性は、国内のみならず国外にまで周知されており、ヤマハピアノは、一般消費者だけでなく、ピアノ演奏家、音楽学校、一般学校、文化施設等に保有されている。

なお、昭和五二年ころの年間生産台数は、原告ヤマハが二一万台、河合楽器製造株式会社が八万台、東洋ピアノ製造株式会社が一万台、アトラスピアノ製造株式会社が八五〇〇台であり、原告ヤマハ及び河合楽器の二者で全体の約九割を占め、残る一割を東洋ピアノ等の中小ピアノメーカーが占めている状態である。

2  ヤマハピアノに対する社会的信用及び購入志向客の増大は、<1>品質本位(良質の原材料の確保、品質管理体制の充実等)、<2>ピアノ製造の合理化(主要材料である木材につきプロセスオートメーション制度の導入、作業の標準化、規格化等)、<3>音楽普及活動とアフターサービス(特約店による子供音楽教室の設置、ピアノ調律、調整技術者の派遣等)というような点についての企業努力に負うところが大きい。

3  原告ヤマハでは、問屋を介在させないで、ピアノ小売店との間に特約店契約を結び、ヤマハピアノをこれら特約店だけに出荷することとしており、他の店に出荷することはしていない。ヤマハ特約店は、原告ヤマハから定価(標準小売価格として原告ヤマハが指定する。)の約八割の価格で仕入れ、出張セールスと店舗販売をしているが、売値は殆ど定価販売であり、若干の値引きをすることはあるが、大幅に値引きすることは、仕入価格との関係で不可能であるので、していない。

4  原告ヤマハを除く原告ら(以下「原告フカヤら」という。)は、昭和四五年三月一日から昭和五四年三月二〇日までの間にそれぞれ原告ヤマハと特約店契約を締結し、前記の子供音楽教室等により、新規な顧客を開拓する努力をしている。

二  周知性の有無

前記の事実によれば、ヤマハピアノが原告ヤマハの製造に係るピアノとして周知性を有していることは明らかである。

三  ヤマハピアノと値引き

《証拠略》によれば、ヤマハピアノは、小売店への卸掛け率が八掛けであつて、小売店のマージンが中小メーカーのピアノに比して少ないことから、希望小売価格に対する値引き幅が極めて少ないこと、これに対し、中小メーカーのピアノは、値引きを販売上の要素として活用するケースが多く、商品によつて多少の差はあるが、小売店のマージン幅が大きく値引き原資もあることなどから、その値引き幅はかなり大きいのが実態であること、したがつて、ヤマハピアノについての大幅値引き表示は、消費者に対して大きな誘客効果を持つと同時に、原告らヤマハピアノの販売を主たる業務とするヤマハ特約店に対しては、顧客の減少、価格イメージの低下という重大な影響を及ぼすことになることが認められる。

第三  被告の不正競争行為等

一  被告の取扱商品等

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和五〇年八月八日に設立された資本金五〇〇万円の株式会社であり、その年商は、昭和五四年が六億円、昭和五五年が六億四〇〇〇万円、昭和五六年が六億六〇〇〇万円、昭和五七年が七億円である。

2  株式会社ピアノ百貨は、ヤマハ、カワイ以外の中小のピアノメーカーから仕入をし、これを各地にある「ピアノ百貨」の名を冠した販売会社(被告もその一つである。)に卸しているが、同社自身においても、指定商品をピアノ、楽器等とする「BALLINDAMM(上に横書きで「バーリンダム」と併記したもの)」「EARLWINDSOR」「FRIEDRICH」「HABSBURG」「MYCONCERT」等の商標権を有しており、中小のピアノメーカーに対し、部材及び製造工程を指定して、右の商標を付したピアノを製造させている。

右のような自社銘柄のピアノは、被告において希望小売価格の約四割ないし五割の価格で右ピアノ百貨より仕入れているので、相当の値引きが可能である。

3  原告ヤマハの製造に係るヤマハU三〇BLとピアノ百貨の保有する商標を付したアールウィンザーW一一三Bを主な部分の材質、構造を比較してみると、別紙比較表記載のとおりである。

二  被告の営業方針

《証拠略》によれば、被告は、ヤマハピアノ及びカワイピアノの市場における寡占状態を打破することを目標としているところ、訪問販売や委託販売をしておらず、店舗販売だけをしているので、広告によつて客に店舗まで来て貰うことを第一とし、次いで、来店した客に対し各銘柄のピアノについて説明するという形式を採りながら、ヤマハ及びカワイ以外の自社推奨の銘柄のピアノを買うように仕向けることを営業方針としており、社員に対してもその説明方法等についての研修を実施していることが認められる。

三  被告の販売方法の実際

1  被告の各店舗に展示してあるヤマハピアノの状態

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、ヤマハ特約店ではないため、ヤマハピアノを原告ヤマハから直接仕入れることができないので、ヤマハ特約店等からヤマハピアノを購入しているが、新品として販売しているものの殆どすべてについては、購入先を知られることを防ぐため、これに刻印してある製造番号を抹消し、あるいは、抹消した上に被告独自の番号を付して店頭に展示している。このため、原告ヤマハの発行した保証書を使用できないので、これに代えて、被告の発行した保証書をヤマハピアノを購入した客に渡している。

(二) 証拠保全(昭和五九年七月、昭和六三年六月)の際、被告の各店舗に展示されていたピアノの種類及び個々のヤマハピアノについてみられた前記(一)に述べた以外の点に関する不良状態を摘記すると、次のとおりである(なお、この項において「中古品」とは被告が「中古品」と称して展示しているもの、「新品」とは被告が「新品」と称して展示しているものをいい、特に断わらない限り新品である。)。

(1) 名古屋駅前店

ア 昭和五九年七月三日には、ヤマハピアノが一二台(内二台が中古品)、その他のピアノが二三台(内一台が東ドイツ製の中古品)あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。鍵盤蓋の角に欠け傷があり、右妻土台の部分が欠け落ちている。高音部のハンマー間隔が不揃いである。

<2> 「YAMAHA」と表示されたシールの貼つてある周辺部分が白く変色している。フレーム上部の塗装が一部剥離している。低音弦九ないし二〇キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<3> 低音弦四及び八キー並びに響板に黒色塗料が付着している。

<4> 天屋根部分に白色、黒色の染み、汚点があり、上前板の中央部分には引つ掻き傷がある。低音弦が部分的に変色している。

<5> 右妻土台の下部が欠け落ちている。低音弦が部分的に変色している。

<6> 製造番号の表示されている部分が白く変色している。右妻土台には打痕があり、下部が欠け落ちている。低音弦二ないし一一キー並びにその下部の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<7> 「YAMAHA」と表示されたシールの貼つてある周辺部分が白く変色している。右親板の上部右角に引つ掻き傷があり、右妻土台の角が欠け落ちている。低音弦八ないし一五キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。ハンマーの間隔が不揃いである。

<8> 製造番号の下側に貼られた「YAMAHA」と表示されたシールの周辺部分が白く変色している。左右の腕木の角に補修跡が、上前板の下部に欠け傷が、左妻土台に打痕がある。ハンマーの間隔が不揃いである。

<9> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。左妻土台の下部が欠け落ちている。低音弦四ないし一二キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<10> 「YAMAHA」と表示されたシールの貼つてある周辺部分が白く変色している。右妻土台の下部が欠け落ちている。チューニングピンに錆がある。低音弦二ないし八キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。ハンマーの間隔が不揃いである。

イ 昭和六三年六月二九日には、ヤマハピアノが一〇台(内一台が中古品)、その他のピアノが一五台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次の様な状態であつた。

<1> 低音弦の巻線に部分的変色がある。

<2> 響板及び低音弦に黒色塗料が付着している。ハンマーの間隔が不揃いである。

<3> チューニングピンに白い粉末状のものが付着している。響板及び低音弦に黒色塗料が付着している。

<4> 上前板の座板部に欠け傷がある。響板及び低音弦に黒色塗料が付着している。

<5> チューニングピンに白い粉末状のものが付着している。低音弦の巻線に変色がある。響板に黒色塗料が付着している。

<6> 弦及び響板に黒色塗料が付着している。チューニングピンに錆がある。

<7> ハンマーの間隔が不揃いである。弦に錆がある。弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<8> ハンマーの間隔が不揃いである。チューニングピンに錆がある。弦押え(プレッシャー・バー)に変色がある。左腕木の角に欠け傷があり、右腕木の角には欠け傷の補修痕がある。

<9> 鍵盤蓋に長さ約二センチメートルの引つ掻き傷がある。響板に黒色塗料が付着している。チューニングピンに白い粉末状のものが付着している。

(2) 名古屋インター店

ア 昭和五七年七月三日には、ヤマハピアノが一〇台(内二台が中古品)、その他のピアノが八台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> 製造番号の表示部分の周辺のフレームが白く変色している。響板の番号部分及びその周辺の弦に黒色塗料が塗布してある。

<2> 製造番号の表示部分の周辺のフレームが白く変色している。右妻土台の下部が欠け落ちている。低音弦四ないし九キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<3> 鍵盤蓋及び左親板の内側と外側に打痕があり、上前板の内側の表面が荒れている。

<4> 低音弦の巻線部分が変色している。

<5> 響板の番号部分及びその周辺の弦に黒色塗料が付着している。

<6> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。響板の番号の表示されている部分に黒色塗料が塗布してある。

<7> 製造番号の表示部分の周辺のフレームが白く変色している。低音弦の巻線が変色している。フレームの番号部分並びに響板の番号部分及びその周辺の低音弦及び中音弦に黒色塗料が付着している。

<8> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。低音弦が部分的に腐食している。響板の番号部分並びにその周辺の低音弦及び中音弦に黒色塗料が付着している。

イ 昭和六三年六月二九日には、ヤマハピアノが九台(内一台が中古品)、その他のピアノが一一台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> 機種名の表示部分の右側に製造番品の表示を抹消したと思われる変色部分がある。響板に黒色塗料が付着している。

<2> 響板に黒色塗料が付着している。

<3> 製造番号の表示部分のフレームが白つぽく変色している。鍵盤蓋奥丸部分及び響板に黒色塗料が付着している。上前板の内側に黒色塗料が付着している箇所がある。

<4> ハンマーの間隔が不揃いである。上前板内側の「YAMAHA」と表示されたシールの貼つてある部分の右上には黒色塗料が塗布されている。上前板に欠け傷がある。鍵盤蓋に打痕及び欠け傷がある。

<5> 響板に黒色塗料が付着している。ハンマーの間隔が不揃いである。フレームに傷及び汚れがある。

<6> ハンマーの間隔が不揃いである。

<7> 低音弦に著しい変色がある。弦押えに変色がある。ハンマーの間隔が不揃いである。響板及び低音弦に黒色塗料が付着している。

<8> 特記なし。

(3) 春日井インター店

ア 昭和五九年七月三日には、ヤマハピアノが一一台(内二台が中古品)、その他のピアノが八台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。右妻土台の下部が欠け落ちている。ハンマーのフェルト部分(四五Fないし六四C)にラッカー塗料が塗布されている。

<2> チューニングピン及び低音弦の上部及び下部に部分的な錆がある。鍵盤蓋の右側に擦り傷が、左腕木に打痕がある。

<3> 製造番号及び品種記号の表示部分の周囲のフレームが白く変色している。鍵盤蓋の左側に擦り傷が、右妻土台の角にひび割れがある。左妻土台の下部が僅かに欠け落ちている。低音弦八ないし一四キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<4> 「YAMAHA」と表示されたシールの貼つてある周辺のフレームが白く変色している。右妻土台に補修跡があり、左妻土台の下部が僅かに欠け落ちている。

<5> 右妻土台が欠け落ちている。響板の番号部分に黒色塗料が塗布されている。

<6> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。低音弦八ないし一七キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着している。

<7> 製造番号の表示部分から右にかけてフレームが白く変色している。低音弦四ないし一一キー並びにその下側の中音弦及び響板に黒色塗料が付着しており、その付近のフレームに汚損がある。

<8> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。鍵盤蓋奥丸部分の左端の縁に擦り傷がある。鍵盤蓋奥丸部分の塗料が点状に侵されており、鍵盤蓋の角に欠け傷がある。下前板の裏面の塗装が変色している。

<9> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。鍵盤蓋の鍵前部分が変色している。

イ 昭和六三年六月二九日には、ヤマハピアノが一〇台(内一台が中古品)、その他のピアノが一二台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。天屋根の機種名表示の右側に擦過痕がある。チューニングピンに錆がある。響板に黒色塗料が付着している。

<2> 親板内側のシールの周囲が白く変色している。鍵盤蓋裏側の「YAMAHA」の埋め込み文字部分に擦過痕がある。左妻土台の銘木化粧板にはがれがある。鍵盤押えの上面に塗装を剥がしたような跡がある。鍵盤蓋の中央部分に引つ掻き傷があるほか、全体的に塗装の変色がある。ハンマーの間隔が不揃いである。

<3> 弦押えに変色や錆がある。響板に黒色塗料が付着している。弦の錆変化に部分的なむらがある。

<4> ハンマーの間隔が不揃いである。弦押えに変色や錆がある。響板に黒色塗料が付着している。

<5> 弦押えに変色や錆がある。響板に黒色塗料が付着している。

<6> ハンマーの間隔が不揃いである。弦押えに変色や錆がある。響板に黒色塗料が付着している。裏桁面に汚れ及び擦り傷がある。

<7> ハンマーの間隔が不揃いである。響板に黒色塗料が付着している。

<8> チューニングピンに白い粉末状のものが付着している。響板に黒色塗料が付着している。

<9> 上前板の中央部分の色及び艶にむらがある。ハンマーの間隔が不揃いである。鍵盤蓋の内側左部分に傷がある。下口棒の左側部分に割れ目状の傷がある。右親板の奥下部分に化粧板のはがれがある。

(4) 知立店

昭和五九年七月一〇日には、ヤマハピアノが八台(内二台が中古品)、その他のピアノが一五台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> 六及び八キーの一部に汚れがある。響板の中央部に黒色塗料痕がある。フレームの骨格部に擦り傷がある。

<2> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。

<3> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。右親板上部に三箇所の擦り傷がある。六ないし一二キー及びその下側の響板に黒色塗料が付着している。八ないし一二キーに発音不良がある。

<4> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。四ないし九キー及びその下側の響板に黒色塗料が付着している。六ないし一〇キーに発音不良がある。

<5> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。三ないし九キー及びその下側の響板に黒色塗料が付着している。五ないし七キーにやや発音不良がある。

<6> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。左腕木の角に打痕がある。鍵盤蓋の上部に擦り傷と打痕がある。二七ないし三七キーに音色硬化がある。

(5) 岐阜店

昭和五九年七月六日には、ヤマハピアノが一〇台(内二台が中古品)、その他のピアノが一一台あつたが、個々の新品のヤマハピアノは次のような状態であつた。

<1> フレームの番号部分及びその上部に傷がある。響板の中央部分が黒くなつている。

<2> 製造番号の表示部分の右下のフレームが白く変色している。響板の中央部分及び低音弦九ないし一五キーが黒くなつている。

<3> 製造番号部分が黒くなつている。前板の中央部分及び左方部分並びに鍵盤屋根の内側に傷がある。

<4> 低音弦の一部に錆と思われる変色部分があり、低音弦三ないし一〇キーの部分が黒くなつている。前板の下部四箇所に傷がある。鍵盤の中央部分が変色している。

<5> 前板の中央下部及び鍵盤屋根の左端部分に傷がある。低音弦の一部が黒くなつている。ハンマーの間隔が不揃いである。バックチェックが一直線になつていない。

<6> 製造番号の表示部分のフレームが白く変色している。鍵盤屋根の右側部分が黒くなつている。チューニングピン及び針金押え並びに低音弦に錆と思われる変色部分がある。ハンマーの間隔が不揃いである。フレームの表面に傷がある。

<7> 前板の右下部分三箇所に傷がある。右妻土台の一部が欠損している。右足の中央部分に傷がある。製造番号附近、チューニングピン全体及び針金押えが黒くなつている。マフラーに白くなつている部分が点在する。右ペダルを踏んでもダンパーが離れない。ダンパーに汚れがある。バックチェックが一直線になつていない部分がある。

<8> チューニングピンが茶色になつている部分がある。中音部ハンマーの先端部分に凹凸状になつている部分がある。妻土台の右下部の一部が欠損している。

以上のとおり、被告の店舗に新品として陳列されているヤマハピアノには、妻土台に打痕や欠損があり、弦や響板に黒色塗料が付着しており、チューニングピンや弦に自然に生じたものとは思われない錆や腐食があり、更には、ハンマーの不揃い(ハンマーの中心で打弦しないため、音が悪くなる。)など、通常ピアノを取り扱う程度の注意をもつて取り扱い、あるいは手入れをしている場合には考えられないような損傷、汚損、整備不良があつた。

(三) 被告の店舗には、時には、一旦一般消費者に売られたヤマハピアノが新品として展示されていることもある。

(1) ヤマハピアノW一〇二型・製造番号三一二八八一五番は、昭和五九年七月三日の検証時に、被告の春日井インター店に新品として展示されていたが、これは、原告ツルタ楽器が昭和五五年九月二二日に榊原良行に販売納入し、同月二九日及び昭和五六年三月一〇日に納入先の住宅において調律したことのあるものであつた。

(2) ヤマハピアノW一〇二B型・製造番号三三〇四四三九番は、昭和五九年七月三日の検証時に、被告の名古屋インター店に新品として展示されていたが、これは、ヤマハ特約店である虎谷楽器販売株式会社が昭和五六年二月一二日に大神弘に販売して同年三月二九日に納入し、同年四月一七日及び同年九月一二日に納入先の住宅において調律したことのあるものであつた。

(四) 昭和五八年一二月から昭和五九年六月までの被告の各店舗における在庫品の推移をみると、被告の推奨する自社銘柄のバーリンダム、アールウィンザー、フリードリッヒ等のピアノの多くが数か月単位の極めて短期間で出庫されているのに対し、新品のヤマハピアノはこれよりも遥かに長期間、中には数年間も出庫されていないものも少なからずある。

2  被告の広告の実際

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告が主として販売するピアノの銘柄品は、ヤマハピアノのような有名銘柄に比して周知性がないのに対し、前記のとおり、ヤマハピアノは、周知性があり、銘柄イメージ、品質イメージにおいて格段に優れているので、これを誘客の手段として最大限に利用するため、被告は、主として朝日新聞及び中日新聞に頻繁に広告を掲載し、あるいは、チラシを配布しているところ、右広告においては、各回とも、広告スペースの大半を費やしてヤマハピアノの写真で商品を多数例示し、標準小売価格の二〇パーセント前後値引きした販売価格を標準小売価格とともに記載して、被告がヤマハピアノを大幅に安い価格で販売する旨の表示をしている。

(二) 被告の広告に表示されたヤマハピアノの販売価格は大幅に値下げされていて、一台売るごとに四、五万円の損になる計算であり、「売れれば売れるほど損が出る。」という実態であるが、被告は、ヤマハピアノについて損が出ても、全体として利益になればよいとの考えから、ヤマハピアノについては、前記のような広告を続けている。

3  被告の店頭における陳述

(一) まず、被告は、録音テープ及びその反訳書は証拠能力を有しない旨主張するので検討するに、話者の同意なくして作成された録音テープは、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められない限り、証拠能力を有するものと解するのが相当であるところ、本件の録音テープは、後記認定のような事情のもとに作成されたものであり、その録音の手段方法が著しく反社会的であるとはいえないので、その証拠能力に欠けるところはないというべきであり、したがつて、その反訳書もまた証拠能力に欠けるところはないというべきである。

(二) 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告の各店舗においては、前記営業の基本方針に基づき、前記広告によりヤマハピアノを定価よりも安く購入することができると信じて来店した顧客に対し、ピアノは「木の芸術品」であるとの前提のもとに、自社銘柄ないし自社推奨銘柄のピアノにつき、木で作られていることを強調し、「手工芸品」であるとか「手作り」であるなどと説明した上、ヤマハピアノの展示品(前認定のとおり、その多くには損傷、汚損、整備不良等の欠陥がある。)を指示しながら、その損傷、汚損等がヤマハピアノの材質(外装がプラスチックであり、被告銘柄等のピアノに比して金属が多く使用されていること)等に由来するものであるとの趣旨の指摘をし、あるいは、実際に弾いてみせて、音の悪さがヤマハピアノの材質等に由来するものであるとの趣旨の指摘をして、できるだけヤマハピアノの購入を断念させ、自社銘柄ないし自社推奨銘柄のピアノを販売するように努力している。

(2)<1> 昭和五三年ころから、原告ヤマハに対し、一般顧客から、「株式会社ピアノ百貨、株式会社永栄楽器、被告等の安売り広告を見て、ヤマハピアノの新品を定価よりも安く購入できると信じてその店舗を訪れたところ、店員から、ヤマハピアノには、品質、製造方法、耐久性等について、種々の欠点があるとの説明を受けた。」との趣旨の苦情、及び原告ヤマハの特約店から、前記広告によつて客を取られたとの苦情が相当数あつた。

<2> 原告フカヤらは、昭和五三年に永栄楽器を被告として、本件と同種の訴訟を提起し、昭和五七年に原告らの請求の大筋を認容する判決を受け、昭和五九年に控訴審において、永栄楽器と右判決の趣旨に沿つた和解をした。

<3> 原告ヤマハは、被告に対し、昭和五三年一一月、不当な広告を是正するよう要請し、昭和五六年一二月及び昭和五九年五月には、ヤマハピアノの顧客吸引力を不当に利用する広告及び店頭説明を止めるよう要請したが、いずれも被告によつて拒否された。

<4> 原告らは、その間に被告に対する証拠集めをすることとし、原告フカヤらの従業員等が被告の店舗に調査に赴いたほか、公正さを保つために、一般市民を調査員として募集した上、ヤマハピアノを購入する意向のある顧客を装つて被告の店舗に赴かせ、店員とのやりとりを隠しマイクで録音させることとし、その結果作成されたものが、本訴において証拠として提出されている録音テープ及びその反訳書である。

<5> 右調査の結果によれば、ヤマハピアノを購入しようとする顧客に対する被告の店員の陳述内容は、大要陳述1ないし10のとおりであり、被告の店員は、店頭説明の過程で、前認定のような状態で陳列してあるヤマハピアノを示し、あるいは、実際に弾いてみせて、その欠陥、欠点を指摘した上、これがヤマハピアノの材質や製造方法に由来するものであるかのように説明し、自社銘柄品等の品質の良さなどを強調している。

四  被告の店舗における店員の陳述内容の虚偽性

《証拠略》によれば、被告の店舗における店員の陳述内容については、次のとおり認定判断することができ(る)。《証拠判断略》

1  陳述1について

ヤマハピアノにおいては、センターレール、ハンマーレール、ペダル天秤、ペダル突き上げ棒、マフラーフレーム等の部品の一部に金属を使用しているが、右の部品は、ピアノの音に関係のない部分であるか、あるいは、不要な音を生じないよう種々の対策が講じられているので、金属を使用しているために陳述1で指摘されているような影響が出ることはない。

2  陳述2ないし4について

ヤマハピアノにおいては、その外装にプラスチックや圧縮材を使用しているが、そのために陳述2ないし4で指摘されているような影響が出ることはない。もつとも、被告の各店舗に陳列してあつたヤマハピアノには、前認定のような損傷等があつたが、右のような損傷等が生ずることは、通常ピアノを取り扱う程度の注意をもつて取り扱い、あるいは、手入れをしている場合には考えられないことであり、右の損傷等があつたからといつて、右各陳述の正当性を裏付けるものということはできない。

3  陳述5について

ヤマハピアノでは、演奏機構のアクション部品であるジャック、キャプスボタン及びレギュレーチングボタンにプラスチックを使用しているが、これがために陳述5のような影響が出ることはない。

4  陳述6について

ヤマハピアノでは、酸化被膜をしたチューニングピンを使用しているところ、一般論としては、酸化被膜をしたものの方がメッキをしたものよりも錆びやすいということができるが、ピアノのように室内で使用されるものについては、実際問題として、酸化被膜をしたものの場合でも、陳述6で指摘されているような結果を生ずるということはない(乙六、四一も右認定の妨げとなるものではない。)。

5  陳述7ないし10について

右の各陳述は事実に反するものである。

6  被告は、音の良し悪しはそれを聴く人の感覚の問題であるから、この点についての真偽を判定することはできない旨主張するところ、一般的にはそのとおりであるとしても、陳述1、2及び9は、単に音を聴き比べてその良し悪しに言及しているというのではなく、ヤマハピアノの材質や生産方法と因果関係を有する結果としての音の良し悪し等に言及しているのであるから、その陳述の真偽について判定することの可能な事実に関する陳述であるといべきであるから、右の主張は採用することができない。

第四  原告らの請求について

一  広告差止請求

1(一)  広告主が、顧客を集めるために、実際には販売する意思がないか又は販売したくない商品について、あたかもこれを販売したいかのように広告すること(いわゆるおとり広告)は、直ちに不正競争防止法一条一項六号に該当するということはできない。しかしながら、右のような広告をした上、広告された商品を購入しようとして来店した顧客に対し、右商品の購入を諦めさせ、これと同種の他の商品を購入させるために、広告された商品の品質等の欠点につき虚偽の事実を陳述する行為を恒常的に行う場合には、おとり広告は、広告主と競争関係にあり、かつ、広告された商品を扱う業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述・流布するための要素ともいうべき集客手段であつて、虚偽の事実を陳述・流布する行為と不可分一体のものということができるのであるから、前記条項に該当するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前認定の事実によれは、被告は、店舗には、一旦一般消費者の手に渡つたものを新品として展示し、あるいは、原告ヤマハの付した製造番号を抹消してあるほか、損傷、汚損等のあるものを新品と称して展示した上、広告を見てヤマハピアノを安く買うために来店した客に対し、展示してあるヤマハピアノを示し、あるいは、これを実際に弾いてみせて、陳述1ないし10のような虚偽の事実を陳述し、ヤマハピアノの購入を諦めさせた上、自社銘柄又は自社推奨銘柄のピアノを購入させる意図のもとに、そのための集客手段として、あたかも新品で瑕疵のないヤマハピアノを一般取引条件よりも大幅に値引きして販売するとの趣旨の広告をしているのであるから、右の広告は、前記の意味におけるおとり広告に当たり、かつ、被告の店舗における虚偽の事実の陳述・流布と一体不可分の関係にあるということができるので、不正競争防止法一条一項六号の行為に当たるというべきである。

(二)  そして、前認定の事実によれば、原告らが右の行為によつてその営業上の利益を害されるおそれがあることは明らかであるから、原告らは、被告に対して、右行為の差止めを求めることができるというべきである。

2(一)  被告は、広告差止請求のうち、「中古」及び「新品」の定義並びに「損傷のあるヤマハピアノ」及び「瑕疵のない完全なピアノ」の区別がいずれも明確でない旨主張するが、中古品とは一度消費者に購入されて使用されたものをいい、新品とはそうでないものをいうのであつて、その区別は明確であるし、後者の区別についてもその区別は明確であるから、右主張は採用の限りでない。

(二)  被告は、「販売する意思がないのに」との主観的要素は、執行段階において判断することができない旨主張するが、右のような主観的要素を付しても、主文の特定において欠けるところはないのみならず、その難易の問題を別にすれば、右要素を執行段階において判断できないものでもないので、被告の主張は採用することができない。

二  陳述差止請求

既に認定、判断したところによれば、原告らの右請求のうち、陳述1ないし10の差止めを求める部分は理由のあることが明らかであるが、別紙陳述目録(二)記載11の陳述の差止めを求める部分は、抽象的にすぎて相当でないので、別紙陳述目録(一)記載11の限度で認容するのが相当である。

なお、被告は、右陳述11のうち「虚偽」及び「営業上の信用を失墜させるような」との表現は不明確であり、何も言つていないに等しい旨主張するが、右目録11に記載したような限定を付した場合には、右の非難は当たらないというべきである。

三  損害賠償請求及び謝罪広告請求

前認定の事情を総合勘案すると、被告の前記行為により、原告らの営業上の信用が著しく毀損されたものと認められ、これを償うためには、被告に対し、損害賠償として、原告らにそれぞれ一〇〇万円を支払うべき旨を命ずるほか、信用回復の措置として、原告らの請求するとおりの内容の謝罪広告を命ずるのが相当である。

四  標章使用差止請求

1  商品に関する広告、定価表又は取引書類に標章を付して展示し又は頒布する行為は、標章の使用に当たる(商標法二条三項七号)ところ、登録商標を使用した商品を商標権者から買い受けた者が、これを転々販売する場合とか、このような商品を販売するために登録商標を広告等に使用する行為は、条理上正当な事由による行為であつて、商標権の侵害にならないことは明らかであるが、前認定の事実によれば、被告は、ヤマハピアノを真に販売する目的ではなく、自社銘柄又は自社推奨銘柄のピアノを販売するためのおとり広告として、原告ヤマハの標章を広告等に使用しているのであるから、右の使用が正当な事由による行為であるとはいえないので、原告ヤマハの標章使用差止請求は理由がある。

被告は、「カタログ」は内部文書であるから差止めの対象となり得ない旨主張するが、カタログは広告又は取引書類に含まれるものであり、また、これが外部に頒布されるものであることは明らかであるから、右の主張は採用の限りでない。

2  被告は、「販売する意思がないのに」との主観的要素は、執行段階において判断することのできないものである旨主張するが、この点については、前記一2(二)に述べたとおりであり、採用することができない。

第五  結論

よつて、原告らの本訴請求は、主文第一項及び第二項の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 後藤 博 裁判官 入江 猛)

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